母が亡くなって3ヶ月
2018年 12月 04日
母ガ亡くなってもうすぐ3ヶ月が過ぎようとしています。
四十九日までは、脱力感はあったものの、それでも来客もあり、お世話になった看護士さんや、デイサービスの職員さんの
訪問があったりで、そこそこ忙しくしていたし、岡山への帰郷もあったり、母が亡くなったことによって、しなくては
ならない用事もあった。
故に母を失っってしまっての日常は本物じゃなかった。
そして、モロッコへの旅行。
帰って来て3日間程は風邪引きで寝込んでしまった。
さて、風邪も落ち着き、本当の意味での母のいない日常がやってきました。
毎日が虚しく過ぎていく。
私のするべきことがなくなってしまった。
朝も8時も9時も過ぎて起きたりしているし、朝食なんて食べたり、食べなかったり。
掃除して、僅かばかりの洗濯を干し、後はなにもやる気なし、やる必要もなし。
陽の当たる時間は短く、あっと言う間に夜になってしまう。
貴乃花が離婚したとか赤木春江さんが亡くなっただとか、私にはあまり関係のない話に耳を傾けている間に、
ほんと、まったくすぐに夕方なんです。
辛うじて茶太郎のお散歩、これが1日のうちで唯一私の為すべき仕事。
それさえも、夫のいる日や、長男が行ってくれる日はないのですから、糸の切れた凧。
ふわ~ん、ふわ~んと漂ってるうちに夜になってしまうのです。
「こんなことじゃ駄目だ!」
「これじゃ、母の二の前三の前、認知症になるのも時間の問題」
わかってはいるのですが、体が動かない。
長男が言う。
「ばあさんが死んだ時は悲しいとか、寂しいとか思ったけど、時間がたつと薄らいでいくなあ」
そうかなあ?私はこの時点で、すごく寂しい!
多分、辛かったり、腹立たしかった介護の日々、その思い出だけが薄らいで、母を失った喪失感だけを今感じているから。
「人間には日にち薬という薬がある」
父がよく言っていました。
どの道誰かの受け売りと思うのですが(お父ちゃんごめん!)けだし名言・・・だと思います。
どんな辛いこと、悲しいこと、激しい怒りでさえ時の経過とともに薄らいでいくのです。
そうじゃなければ人間生きてはいけません。
忘れてしまうことはないかもしれません。
でも、いつまでも当初のマックスな感情ではなくなっているはずです。
あきらめや自らの努力、そして時の流れが程よくミックスし、薄めてくれるのです。
今のこの喪失感もそのうち薄らいでいくはずなのですが、それをジィ~ッと待ってる訳にはいきません。
みることにしました。
ポン酢はいつも柚子で作っているのですが、スダチでは初めて。
スダチコショウは初めての挑戦だけど、レシピみると唐辛子100グラムなんて途方もない量。
我が家で収穫できた唐辛子全部量っても50グラムに満たない。
多分こんなに乾ききってない唐辛子だと思うのだけど・・・そこはいつもの適当
ポン酢は昆布とかつお節たっぷり。
こんなことしてると少し元気出てきます。
by foreveryoungrumi
| 2018-12-04 23:02
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