日曜から来客で楽し忙し!
先日の伊勢えび(冷凍)でBBQ。
夫の友人、続けて、先日母のお葬式にも来てくれた長男の友人とその家族。
娘2才がめちゃめちゃ可愛いんです。
茶太郎との2ショット。顔出しOKと親が言ってくれたので・・・(ちょっと暗めなのにしておきました)
茶太郎とならんでほんとに可愛い
抱っこしたかったけど泣いちゃうし、おばあちゃんでもないので遠慮してたのですが、昨日帰る前に
「じゃあ最後に抱っこさせてもらおうかな」と言うとグッと我慢した顔で抱っこせてくれました。
くう~、かわゆ~い!!
母も小さい子大好きでした。
我が家に来てからも、朝、小学生が登校していると、「いってらっしゃい!」と誰彼かまわず頭を撫でて言ってました。
言われた小学生はびっくり。
みな、慌てて走り出す。
見ず知らずの老婆がいきなり頭を撫で、声をかけるのですから無理もない。
あの辺りじゃ、見知らぬ人に声かけられても「ついていっちゃあいけません」と教えられている。
通学路には「僕だって出せる大きなこえ」という立て看板だって設置してあるのだ。
「やたらにさわるんじゃない!」と言ったって聞かないからしょうがない。
そればかりじゃない、道行く人、誰だって容赦はない。
田舎ではまず知らない人なんていないのだから誰にだって話しかけるが良い。
でも当時の我が家近隣ではそうは行かないよ。
大きな道路からは少し入った住宅地なので、道行く人、そうそう知らない顔ぶれではないが、
私だって、朝夕のあいさつをするくらいの付き合い。
そこへ新参者の老婆が、十年来の知己のように気安く話しかけてくるのだからたまんない。
しかも暇さえあれば家の前に出て標的を捜し求めてふらついている。
「三重県から来ましたの。娘のとこにやっかいになってます」
なんてことを訊かれもせぬのにぺらぺらしゃべっていました。
「お元気そうですねぇ」なんて言われていい気になってる。
ん、も~う忌々しい!
私はこう見えて(見えてませんよね)、ほんと、人見知りなんです。
近所のお付き合いだってまったく苦手。
何年居たってそうそう仲良くはなれないし、なりたいとも思わない。
母が人見知りしないのは認知症だからというばかりではありません。
持って生まれた性格、初対面もなにも頓着なし。
そう、そう、先日コメントでいただきました。
もって生まれたものがデフォルメされるのです。まったくそう!
道端でのキャッチが思うようにいかない時は家に帰って田舎の知り合いに電話攻撃。
「もうご飯食べた?」「おかずは何?」みたいな会話。
お相手に申し訳なくて「もういい加減にしたら」と言うのだが「電話くらい好きにかけさせて」
と取り合わない。
そして私が出かけようとすると、「ちょっと待って、私も行く」とどこにでもついてくるのです。
不思議なのは、人見知りはしないけど、こんな出かけ好きでは決してなかったこと。
むしろ出不精といってもいい。家にいて掃除、洗濯、炊事そんなことをしているのが好きな人間でした。
当時私は母が生活になれるまではと仕事もしておらず、否応なく一日母といっしょ。
毎日行くスーパーも勿論いっしょなのですが、「ここ昨日も来たの?ホォー?何にも覚えてない」
と毎日言ってました。その時は少し考え込んでいる風にも見えました。
母にしてみれば自分の変化に気づくことだってあったのでしょう。
不安も感じ、焦りもあったのかもしれません。
いたたまれない気持ちが様々な行動に現れていたと言えなくはない。
でも、それは今思う事、当時は母の行動すべて嫌で嫌でしようがありませんでした。
ちょっとしたノイローゼになっていたかもしれません。
それでもそのころはまだ私がいなくても生活できていたようです。
母の日記がその年10月に再び始まってており、私と夫が舅の法事で「神戸に行き明日も帰らない」と書いてある。
その間長男と次男に食事も作ってくれていたのでしょう、多分。
そこまでの記述はないけど・・・