モロッコ行ってきます。

 昨日も今日もいいお天気。
だけど、茶太郎は相変わらず心の病。

昨日も朝の散歩終えたのに、すぐに外に出たがる。
私が移動するたび、忙しくついてまわるので、うかうか腰を上げられません。
あまりのしつこさに根負け。
お昼過ぎに近くを散歩。
チワワのユキちゃんちの近くを通ると、偶然ユキちゃんもお散歩。

茶太郎の喜んだことったら・・・
ユキちゃんだって負けてない。
ユキちゃんママと、お知り合いの方もいらして「あら~、ユキちゃんあんなに尻尾ふって~!」とびっくり。
ユキちゃん誰とも(どんな犬とも)心を通わせたことがないそうだ。

それで治まったかと思いきや、余計に思いを募らせて、もう、食欲なんて皆無。

私もあったなあ!そんなこと、ぷっ!110.png

まあ、笑ってばかりもいられません。なんとか対策考えなくっちゃ。


ところで、私、明後日よりモロッコに旅立ちます。
初めてのアフリカ上陸、10日間の旅です。
こんな長旅母がいたら絶対無理。
それについても、書いておきたいことがありますが、またの機会に。

先日の悩ましい出来事でいまいちノリノリにはなれずにいたのですが、
今日、いっしょにいく友人から「お金いくら持っていく?」ってライン入って、初めて「あっ、行くんだよ。うれしい!」
と思っちゃいました。
なんとも現実的な現金の話でやっと現実が見えてきた!

なんやかんや言っても、結構気に病む人間なんです、私。

茶太郎の早朝散歩や、日に何回もの散歩でちょっと体力消耗。
風邪っぽいのが気になるのですが、何とか力をつけて、楽しんで行って来ます。
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こんなのご存知ですか?湯沸しポット海外仕様(日本でもOK)
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こんなにコンパクトになるんです。

モロッコってこともあって、胃腸に自信のない私、色々準備しました。
現地の物も食えん奴、旅する資格なし・・・なんですが・・・それでも行って見たい!


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# by foreveryoungrumi | 2018-11-11 22:04 | Comments(4)

母の運命を左右する大事件とは・・・ちょっとオーバーでしたが・・・

昨日もお話したとおり、事あるごとに身内だろうと、他人だろうと、人の手を煩わせることを厭わない母なのです。
勿論、若いころからそうだったはずはありません。
若いころはなんでも自分でできてましたから。
年を重ねるってそういうことなんです。色々出来ないことが増えてくるのです。

確か2014年の秋、この頃はまだまだ元気。98才、もうすぐ99才になろうってころ。
リハパンなんてとんでもない。認知と言えどもトイレはばっちり。
自室は2階で、毎日何回でも階段上ったり下りたり。
私は階下のリビングにいて、母の下りてくる足音にうんざりしたものです。

そんなある日、私は仕事ででかけている。家にいるのは長男と母。
長男は自室で仕事。
母はその日デイサービスはお休み。

例によってお昼過ぎ、「洗濯物は取り込まなくて良い」と厳しく言ってあるにもかかわらず、母は取り込もうとした。
勿論ロックしてあるので開かない。
これはもう何回も経験済みであるにも関わらず、いっこうに覚えない。

長男はその物音を聞いてはいるが、「まだ出番じゃないな」と悠然と構えていたが、その日の母はいつまでもガチャガチャ
することなく外に出る。窓の外に工事中かなにか男性を見つけたのでしょう。
「窓がね、どうしても開かないんですよ。私ももう年ですから、力がないんですかねぇ」
なんて言いながら連れて来る。
長男部屋から飛び出して「すみません、僕いるから大丈夫です」と帰っていただく、と、ここまではいつ。もどおり
「あんたおったんか?ならよかった。洗濯物入れたいんだけど、窓が開かんのさ」。

長男の忌々しい思い想像に難くない。

その上、「開けて頂戴、開けて頂戴よ、洗濯物入れられんでしょう」と追いまわす。

入れんでいいと言っているのだ!迷惑だと言っているのだ!茶太郎何回脱走してると思ってやんでえ!

堪りかねた長男、「もう、うるさいなあ!!」と振り向きざまに母を突いた。

母は転倒。

左大腿骨骨折。

「高齢ではあるが手術しましょう」と翌日手術となった。

そして、「手術は成功ですが、何分お年がお年ですから・・・もちろんリハビリもやりますが、歩行までは・・・」
と言われた。
「でも歩けるんですよね、歩いても大丈夫なんですよね」と私。
「そりゃ、大丈夫なわけですが、高齢者はなかなかねぇ」
と消極的。
「ケアマネとも相談してこれからの生活を考えてください、なかなか施設もすぐには入れないだろうし・・・」
歩けなくなるのが前提の話だ。

私もケアマネとして働いている時だったけど、もちろん母のケアマネじゃない。
担当のケアマネさんと相談して介護ベットや車椅子、歩行器も借りることにした。

病院でリハビリはやってくれたけど、それ以外はず~と車椅子。
トイレも連れてってくれない
母も最初は「ここじゃできない」「ルミサ~ン、トイレつれてって~」と喚いてたけど、
慣れてしまったのか、この方が楽チンと思ったのか、何も言わなくなりました。

そんなわけで、一ヶ月ほどで退院したら、介護ベットでオムツの生活。歩行は車椅子。
でも私は強く思ってました。
「絶対歩ける!」
「歩かなきゃ駄目」
「歩かない年よりはうちに置いてやらない」

母のようにしっかり歩けてた者は筋肉だってしっかりしてる。
例え今使わない時間が長く、衰えていたにしてもきっとまた筋肉はついて来る。

時間をみて、トイレに誘いました。
立ち上がれない、立ち上がっても膝から折れてくる。
母にも立ち上がろうとする意欲がまるでない。
「もう勘弁して~、立てないんじゃから~」

私しゃ、容赦なし、「自分でトイレにもいけない人間は死んでおしまい!」
「こっちゃあ仕事があるんだ、あんたのおむつなんか替えてられないんだよ~!」
少しは胸に響いたのか、私の剣幕に恐れをなしたのか、母にも何か気合が入ったみたい。

こんなこと1週間も続けましたかね。
段々立てる様になり、歩けるようにもなり、なんとかトイレで用も足せるようになりました。

やっぱり歩けるんです。
高齢者だってまだまだ再生能力はあるんです。

医者ってものは「お年ですから・・・」って言いすぎ。
年だって自分で生きていく力を与えるのが医者の役目。
何が何でも長生きさせることじゃない、っと、私は思う。

兎も角、私もこれで、ベットの上でおむつを替えるなんて最悪なことせずに済みました。

何より長男の気持ちも軽くなったと思います。
少なからず責任感じていたようですから。
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そのころの母であります。


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# by foreveryoungrumi | 2018-11-10 23:44 | Comments(2)

茶太郎の病~母の習性

今日は雨。
茶太郎の心の病、快復せず。

朝6時半頃少し小止みな感じなので、「しょうがない行くか!」と海浜公園まで車を走らせる。
上手い具合に散歩の間、雨はやんでくれたけど、散歩してる人も犬もいない。
帰る頃になって、1才半だと言う若い柴犬ちゃんに出会う。この子も茶太郎気に入ってくれたみたい。
茶太郎もまんざらじゃない様子。
暫く仲良く遊んでたけど、群馬からの旅行の途中で「これから伊東の??行こうと思ってるんです」と言われる。
私も伊豆半島、新参者故よくわからんが、せっかく仲良しさんになれたのに「群馬じゃしょうがないですね」と、
お互いまたの逢瀬はないことを残念がってお別れする。

走り出す車から身を乗り出して別れを惜しむ柴犬ちゃん。
片や未練がましく車を追う茶太郎。
映画の1シーンのようであります。

家に帰っても相変わらず私に付きまとい、隙あらば外にでようと狙っている。
昨日からろくにご飯も食べていない。
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やっと夫のベットの上で眠りにつく。
私もやっと一息。やれやれ142.png

ここに引っ越して勝手に飛び出して行くということがなくなりましたが、以前の家では何度も飛び出して、
家族で大騒ぎ。
それというのも母が何度言っても掃きだし窓の鍵をはずしてしまうから・・・

当時茶太郎は自分で網戸はもちろん、ガラス戸だって開けられたのです。
私も2階のベランダに洗濯物干せばいいのに朝忙しいのもあって、その掃きだし窓の外のせま~い庭に干していたのです。
手を伸ばせば物干し竿、外に出る面倒がない。

そして、働き者の母、「入れなくていい!」ときつ~く言い置いて出かけるのですが、昼にはご丁寧にその洗濯物、
取り込んで下さるのだ。
そして鍵をしないものだから、茶太郎サッサッと開けて逃亡。

庭に柵をしても、なんか上手い具合に出ちゃうんですよね。

窓のレールにカチャ~ンとするロック、「これなら婆さん解除できんだろう」と取り付けるも、
婆さん馬鹿力で何度壊したか・・・

ある日、例によって洗濯物取り込もうと母、ロックのかかったガラス戸開けようとする。
しかし、何としても開かない。
こんな時は・・・母のすることは決まってます。
家人がいればそれに助けを求めるのですが、まわりにいなきゃしょうがない。
赤の他人だってなんだって「使える者はなんでも使っちゃおう」ってのが母の精神。

洗濯物取り込みたい一心、外に出て適当なおじさんをつかまえてくるのです。
こんな腰の曲がった年寄りの頼みです、ほおって置く訳にもいかないと、誘われるまま我が家に入ってくる。

こんなことは1度や2度ではない。
「トイレが開かない」「ガスが点かない」「冷蔵庫が開かない」「だれも帰ってこない」等々枚挙に暇がない。
まあ、開かない、点かない、すべてにそれなりの理由があるわけなのですが・・・それは追い追い。

大抵の場合は家で仕事をしている長男がいるのですが、いつものこと故、知らん振りを決め込んで成り行きを見守り、
おじさんが入って来た時点で「またか」と出て行く。「すみません、申し訳ない」と侘び、お引取り願うという寸法です。
この男も一応遊んでるわけじゃない、母の「ちょっと~!」にいちいち付き合ってたんじゃ仕事にならぬ。
分からぬではない。

だが、このことが後に、母の運命を左右する大きな事件になってしまうのです。 To be continued





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# by foreveryoungrumi | 2018-11-09 16:46 | Comments(2)

茶太郎に異変が・・・

茶太郎の様子がどうもおかしい。
先日から夫が出かける日が多く、お散歩は私の仕事。

今朝も早くから(6時)部屋のドアをカリカリして「開けてくれっ」って言ってる。
夫はまだ出かけていないけど、「今日は行けないから」と言い聞かせているので、私に「行け」と言ってるのです。

こんな早朝では猪はまだ用が足りず、居残ってる奴がいる恐れがあるので、山の中は危険。
「海の日の出きれいやぞ」と夫が言うので、コートを着て外に出ました。
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家の前の紅葉がきれい・・・かな?

車を運転して海まで行くと、
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何故かこんな写真が・・・
アナログ人間にはこれを元に戻すことが出来ず・・・でもこれいい感じ!

朝日の当たる海辺を1時間も散歩して、結構な疲労感。
でも茶太郎は帰りたがらない。
母がいなくなって、時間は自由に使えるったって、洗濯も早くしたいし、掃除だってしなきゃならぬ。
専業主婦だってやることいっぱいあります。
いやがるのを無理やり車に押し込んで、「さあさ、帰りますよ!」

ところが、家に着いても入りたがらない。
隙あらば「もういっかい」とばかり道路に出ようとするのを、抱きかかえ、やっとこさ家にいれました。

家の中でも、掃除、洗濯と忙しく動き回る私に付きまとい、ご飯も食べずに散歩への思いを募らせ、切ない目で訴え
続けています。

なぜにここまで執拗に・・・

思い当たる節はあるのです。

最近時々お散歩の時会う、チワワのユキちゃん、そして、夫も言っていたのですが、海辺で会うワンちゃん。
彼らに会いたいのです。
海辺の方のワンちゃんは犬種も忘れちゃったし、私は知らないのですが、ユキちゃんと会うともう大変。
ユキちゃんの方も飼い主さんが仰るには、他のどの犬とも仲良く出来ないのに、茶太郎とは何故かうまがあうそうな。
そうなんです。、茶太郎はそう言った魅力がある子なんですよ~、 よく言われるんです~117.png
お互いに尻尾を振りまくって大喜び。
いつまでも飽きずに遊んでいるのです。
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茶太郎は以前にもこのようなことがありました。
寝ても覚めてもって感じで、兎に角、外に出ようと玄関で散歩に連れてってくれるのを待ちます。
あまりに反応しないとドアに体ごとぶつかって、ド~ン、ド~ンのアピール。
こんなことが1週間ほど続いたと思います。

今日もそう。
それでも、結局、お昼前には諦めたか、静かになったので、今日こそと、図書館で借りた本を片っ端から読むことに。

それも束の間の夢。
たっ、たっ、た~あ!2階から勢い良く下りてきて、「散歩行こう!」と矢の催促。
重い腰上げざるを得ません。

結局ユキちゃんはおろか、犬っこ1匹会わないまま1時間山を歩き回りました。

それでも茶太郎の欲求は満たされないまま、朝からご飯も食べず、私に散歩をせがみ、玄関に佇むのであります。
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一途なんですかねぇ。

こうなると、やっぱり相方が必要。かめえちゃん(母のつるえに対して)探し真剣にしなくっちゃ。
どこかにいませんかぁ、かめえちゃん。

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# by foreveryoungrumi | 2018-11-08 22:17 | Comments(2)

母の暮らした家

今日も雨です。
今朝も夫は早くに出かけ、茶太郎おいてけぼり。
めずらしく私の部屋に入って来て、後ろ足チャッ、チャッ、チャッと蹴り上げて「おきんか~い」とアピール。

7時には雨あがってるけど、この時間は猪が危ない。
近所の人の話では8時頃でも道を横断しているのを見たそうな119.png

くわばら、くわばらなので、コーヒー淹れたり、朝食の準備したり、洗濯機かけたりして時間をつぶしていると、
茶太郎ず~と足元に纏わりついてうるさい。

母がいなくなって朝食の準備なんてお粗末極まる。
各々勝手に自分の用意をし、勝手に食べる。食べないと言う選択肢もあって、それは自己判断にお任せ。
たまたま同じ時間にダイニングにいれば、用意しないわけではないが、それとても、いい加減なものだ。
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こんな顔してず~と見詰めるので、しょうがない、9時には少し間があったけど散歩に出ました。

散歩の間は何とか雨は降らずにいてくれたけど、今日は概ね雨。

我が家の洗濯物「どうしてくれんのよ~!」「乾燥機ないんだぞ~!」
リビングはいたるところ物干し場状態。
母がいたら「それ、もうしまっちゃってちょうだい」とうるさいことだろうなあ。
知らん振りしてると自分でしまおうとして、結局転倒、な~んてのがお定まりのコース。

だけどそれはもうない・・・ う~ん、こういうのはさすがにちょっと辛い。

去年お母様を失くされた友人の話では、「徐々に徐々に来るのよね」、ボディブロウのように効いて来るらしい。

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昨日従姉妹が送ってくれた写メール。
「すっきり!」と言ってる。
父の定年後、両親の暮らした三重県の家。
真っ裸のさるすべり、ゆずの木も、父が鹿児島の友人から貰って来たザボンの木もな~んもない。
叔父が「色んな枝が道に伸びて交通妨害」だからシルバー人材派遣に頼んでくれたのだ。
4~5年に一度は草刈りに帰っていたのですが、とてもそんなことじゃ追いつかないのだから仕方がありません。

しかし、こうして丸裸にされると少し虚しい思いをするのはいたし方ないですよね。


我が家ばかりじゃない、こんな空き家、全国に820万戸(平成25年調べ)もあるんだそうです。
お国のやっかいもの、この家どうしたらいいんだろう。

父が亡くなり、母が我が家に来てから暫くは「売って欲しい」「貸してほしい」の声もあったけど、
「母の生きているうちは・・・」と断ってきました。
「なんとしても故郷に帰りたい」と母の日記に書いてありましたが、勿論私はそんなこと書いてることはしらなかったけど、
我が家で思うような生活が出来ていない母から、帰る家を奪うのはあまりに気の毒と思ったわけです。
そして、行く行くは私がリフォームして住んでもいいかなとの思いもありました。

母は私たちと川崎で暮らし始めて15年の間に確か3回、この家に帰っています。
帰るといっても、ここに泊まれるわけではないので、ちょっと見てみると言った具合ですが、
「この家私見たことある」「だれかの家なんだけど・・・わからんねぇ」
中に入ってみると「気持ち悪いみたいだねぇ」と早々に出ようとする。

3度のうち1度は、上京した叔父が連れて帰ってくれたのでわからないが、後の2度はいつもこんな感じで
母の帰りたくて止まない故郷の家は、だれか知らない人の家で、一刻も早く立ち去りたい家になっていたのです。

30年もの間、父と二人暮らした家です。
父も母もこの30年は、二人の人生で一番満ち足りた時ではなかったか・・・と、私は思うのです。
最後の3~4年は父が弱り、母にも認知の症状が出始めて、思うに任せない時期ではあったけど、そこを除けば
本当に幸せな時であったはずです。
母にしてみれば、生まれ育った故郷です。ここに優るところはありません。

それでも、あのことも、このことも、忘却の彼方。
認知症ってほんとうに悲しい。

そう言えば、叔父が連れて帰ってくれた時、父の亡くなったことも憶えておらず「何で私に知らせない!」、
「こんなことがあっていいのか」と、雨の中傘も差さず、怒って飛び出したそうな。

30年も暮らした家も、父の死亡さえも忘れる母だけど、故郷は絶対的なものだったようです。
母の両親、きょうだい、幼なじみ、みんな忘れがたく、愛おしいものだったようです。
晩年、寝言でも、呆けた独り言でも、故郷のことばかり言っていました。

そのことは又いずれ書いてみたいと思います。
年次が定かでないので、よくわからないところもあると思いますが、兎に角、思い出すことはみんな書いておきたいのです。





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# by foreveryoungrumi | 2018-11-06 22:23 | Comments(0)